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第11回 本作りが集めた人

出版社を始めてよかったと思うのは、本が人を集め、つながりをつくってくれることです。

幼いころ、母が絵本を買ってくれて、幼稚園の先生がみんなの前で読み聞かせをしてくれました。誰もがわくわくした表情で、私に「よっちゃん、すごいね」と声を掛けてくれます。誇らしい気持ちになったのを今も覚えています。本が人を集めた経験は、本をつくるとき、意識しなくても私の中に流れているようです。

雑誌「シナプスの笑い」は、多くの方々とのつながりをつくってくれました。読者には精神障がいの方々が多く、東瀬戸サダエさんもその1人でした。ある精神保健福祉大会で本を販売していたとき丁重に声を掛けてくださった人でした。「専門家の本はたくさん読みましたけど、精神障がい者だけの本は初めて。毎号楽しみです」「私は短歌をちょっとやっているんですが、投稿していいですか」

スイートピーの花に小蜘蛛(くも)が糸を張る生きねばならぬ生きねばならぬ

「病をば財産とせよ」ラジオより僧の言葉をうなづきて聴く

後日送られてきた手紙と短歌を前にして私は言葉を失いました。病(統合失調症)とともに45年生きて、病を財産として受容するに至る彼女の生きた軌跡に胸を打たれたのです。そのことを電話で伝えると、短歌集「重きもの負ふ」を送ってくれました。彼女の短歌を兄夫婦が編さんした短歌集で、本人のみならずご親族の苦労や希望が真っすぐ心に響いてくる、読後にさわやかな風を運んでくれる歌集でした。それには新聞などに掲載されたエッセーも収録、温かな人柄が伝わってきました。

連絡を重ねるうちに、半生を書きつづった随筆も送られてきました。戦後から現代まで、彼女が統合失調症を発症してからの45年間の精神医療保健福祉の歴史がつまっていました。その字体に似て情感豊か。温かな視線で描かれています。22年間を彼女は精神科病院で暮らしたと書いています。「最初の17年間の入院が長かった。苦しかった。26歳から43歳まで。ここから出られないかも…と、弱気になったこともあった。そのたびにイヤいつか出られる、と、小さな灯を胸にともし続けた」風の歌を聴きながら写真

この随筆を読み、病院のなかでひっそり亡くなった患者さん、長期入院で暮らす患者さん一人一人の顔が鮮やかによみがえり、涙が止まりませんでした。時代と病に翻弄(ほんろう)されながら、それでも生き抜いた方々の真の声を聞き、これを伝えなければならないという使命を感じました。解説には兄夫婦や精神科医が、イラストでは彼女のおいが協力してくれ、組版は星礼菜さんが担当。随筆に80首の歌を加え、2009年に初の単行本「風の歌を聴きながら」が生まれたのです。

刊行後、精神障がいのある方やご家族、医療従事者はもちろん、精神疾患を知らない人や歌人、大学教授からも感想をいただきました。今年4月からは、福岡、佐賀、長崎の大手書店も置いてくださっています。本が人を集め、つながりをつくってくれたのです。 「長い入院中、まず明るい人のところに人が集まります。そして笑いが絶えません」

後書きに、そう彼女は書いています。私は、それを読むと、どんな困難があっても笑って乗り越えられる気がするのです。

鹿児島市、ラグーナ出版社長 川畑善博


夢とつながりのなかでは本でも読めます