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第15回 人間の究極の幸せとは

わが社で働いている一矢さん(仮名)との出会いは、私が精神科病院に就職した1998年のことでした。生きるのがつらくなって、「神様になってやろう」と岸壁から海に身を投げて入院してきた彼は、当時医学部の学生でした。

激しい幻覚妄想が収まると、「映画『パッチ・アダムス』の主人公のように、精神障がいを抱えながらも、医師として同じ病に苦しむ人々を助けたい」と夢を語りました。その後、押し寄せてくる幻覚症状との戦いのなかで、その夢を諦めます。この時と福祉手帳をもらった時、彼は「奈落の底に突き落とされた」と言います。「手帳を見た時に、自分は、みんなの税金で食べていく存在になったと思い、涙が出ました」と。

挿絵14年の時を経て、彼は、わが社の自立訓練に通い、生活リズム、通所の体力をつけました。今年5月から、営業部で働いています。「これまで社会とは別の異次元空間に属している感じだったけれど、働くことで社会とのつながりを取り戻した」と語ります。

この連載のイラストを担当した一人、H.amiriさん(仮名)は、前の職場で、出勤しようとすると身体が拒否反応を起こすようになって退職。社会に出て行く自信を失い、2年間、引きこもり生活が続きました。そんな折、東日本大震災が起こり「自分のことばかり考えている生活を変えたい。社会の役に立ちたい」と自立訓練に通ったのです。公共交通機関に乗る恐怖を克服し、絵を描ける強みを自信に変えて、仕事ができるようになりました。デザインを覚えていくのは厳しいことだけれど、その厳しさが楽しいと話します。

この2人に限らず、就職面接の時、精神障がいがある志望者に共通するのは、この「負い目」であり、「社会の役に立ちたい」という思いです。大変なこともありますが、仕事のなかで夢やつながりができていきます。それは、精神障がいの回復にも役立つのです。

先日、日本理化学工業(川崎市)を訪ねました。長年障がい者雇用に取り組んできた会社です。障がいのある社員が主体的に、誇りを持って働く姿に感銘を受けました。入り口の石碑に、大山泰弘会長の言葉が刻まれていました。

「導師は人間の究極の幸せは、人に愛されること、人にほめられること、人の役に立つこと、人から必要とされることの四つと言われました。働くことによって愛以外の三つの幸せは得られるのだ。私はその愛までも得られると思う」

社会的な体裁とか、損得の考え方ではなく、働くことの意味を根源的にとらえている彼らに、私は「豊かさ」を感じるのです。 15回の連載は、わが身と会社の歩みを振り返るよい機会でした。それは、「自分一人で生きていくのだ」という若いころの意気込みが崩れ落ち、つながりの大切さを教えられる過程でした。人を信じ、肩の力が抜けてから物事がうまくいくようになったと感じています。

最後に、この記事を読んで、温かなご声援をくださった、読者の方々に社員一同感謝申し上げます。

鹿児島市、ラグーナ出版社長 川畑善博


夢とつながりのなかでは本でも読めます