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第3回 社会に行き場がない

精神科病院に勤務して驚いたのは、薬の重要性でした。新薬が登場すると、眠気や身体のだるさといった副作用が軽くなって元気になり、薬を服用しながら社会生活を送れる患者さんも増えていきました。

薬ひとつで良くも悪くもなる姿を見て、それまでの「人間は精神的な存在である」という考えが、「人間は思ったより物質的な存在なのではないか」と変わるようになりました。でも、何かふに落ちない感覚も抱いていました。

精神科病院で働きだした1998年当時、院内には患者さんの自治会がありました。日常の掃除や食事の準備を当番を決めてし行っていました。リーダー格のAさんは、周囲に気を配って当番を決め、それができない患者さんや、まごついている私に、そっと手を差しのべてくれました。挿絵

Aさんは農作業がとても上手で、作業の後に一緒にジュースを飲みながら半生を語ってくれました。ある企業の営業職でしたが、ゴルフ大会の打ち上げ会で大失敗をしてしまったそうです。その数カ月後に入院。途中2回の退院もありますが、約30年間の生活のほとんどは病院でした。

その間に職を失い、妻子と別れ、家をなくしました。そして、両親とも音信不通になったのです。

広い農園を前に、静かに話を聞きながら、私は彼を勇気づけたくなりました。「Aさんだったら、退院しても大丈夫ですよ。きっとうまくいきます」と正直な気持ちを伝えました。

そのときの彼の表情が今も忘れられません。Aさんは諦めたような、無関心なような、寂しげな表情で「帰る所も、社会に出ても何もないから退院は考えていないよ」と語ったのです。

現在、精神科病院にはAさんのような社会的に行き場がない人が約7万人入院しているといわれます。夢とつながりを失った7万人です。従来、リハビリは「回復してから仕事に就く」という考え方です。それは、病気や障がいの視点からすると誤りではありませんが、Aさんの問題の解決にはなりません。

ラグーナ出版の面接に来る精神障がい者の方々に仕事をしたい理由を聞くと、「人や社会の役に立ちたい」「堂々と街を歩きたい」「親を安心させたい」といった答えが返ってきます。みな、夢を持ち、社会的なつながりの中での回復を望んでいるのです。

私は、この純粋な気持ちを大切にして、夢に向かって同じ方向を向き、ともに回復を喜ぶ職場をつくりたいと願っています。そして、今は亡きAさんに育ててもらった恩返しをしたいと思っているのです。

鹿児島市、ラグーナ出版社長 川畑善博


夢とつながりのなかでは本でも読めます