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第9回 ともに「成長」したい

スタッフ2人と、精神障がいのある8人の社員とで2008年、ラグーナ出版は船出しました。今年、その陣容はスタッフ11人、社員31人にまでなりました。

その1人、星礼菜さん(仮名)とは、週1回、講師として通っていた精神科病院の社会生活技能訓練(SST)で知り合いました。 当時、彼女は服薬を始めたばかり。薬の副作用で表情に硬さが残り、手足が思うように動きません。

それでも、必死に自分のことを語る姿に心を打たれました。何より、彼女の笑顔は周囲に温かな風を運んでくれていました。

彼女は大学の美術科を卒業してから、四つの職場で働きました。一つ目の会社では「黙って言われた通りにしなさい」、二つ目では「明るく振る舞いなさい」と言われました。自信を失いながらも必死に働いた四つ目で、その不安げな様子に「変わらなければクビだ」と怒鳴られました。

周りに嫌われていると思って仕事を辞めたそうです。自暴自棄になった彼女は、派手な洋服を衝動買いして家出しました。保護した警察官に「もう死にたい」と言って入院したのです。

病院での生活は「自分がどこにいるのか分からない」状態で始まり、SSTには「どんなひどい目に遭わされるのだろう」と思いながら入会したそうです。今では笑いながら話します。

入院する患者さんは、それぞれ「不幸な」物語を持っています。その不幸を不幸のままに終わらせないために、人とのつながりと具体的な行動が必要です。

まず彼女が行ったのは、洋服の処分でした。SSTで「ネットオークションで売ろう」という対処法が示されました。一時外泊から戻ったときに「やってきました」と報告し、周りから温かな拍手を浴びました。

次は、薬の副作用について主治医と相談し、手のリハビリに絵を描くことでした。作業療法の一環で一日外出した際、公園で数年ぶりに絵を描きました。彼女は「絵の仕事が、子どもの頃の夢だったと思い出しました」と話しました。挿絵

その絵は人の心に素直に入ってくる優しい作風。主治医がラグーナ出版への就職を勧め、週6時間の勤務からスタートしました。

それから3年。彼女は週1回絵画教室に通い、昼休みも組版やデザインの勉強をしています。勤務時間は週32時間に増えました。

黙々と努力する姿が職場の仲間の心を動かし、彼女は正社員になりました。現在では、彼女を指名したイラストの注文が入り、取引先と相談しながら広報誌や名刺、雑誌の制作を1人でやっています。

今年2月、鹿児島市で行われた就労セミナーで、彼女は250名の観客の前で自らの体験を語りました。仕事の中で心掛けていることは「孤立しないこと」。働いて良かったのは「仕事をする自分を大切に思うようになったこと」。堂々と話す姿を見ながら、薬の副作用でうまく口が利けなかった彼女を思い出し、熱いものが込み上げました。

彼女が最もうれしかったことは、会社のロゴデザインの制作だったといいます。ラグーナ(干潟)にはさまざまな生物がいて海を浄化します。人魚は心を浄化する神秘的な存在で、本は彼女の支えでした。

会社が成長するためには社員の成長が必要です。そこに障がいは関係ありません。心を浄化する本を作る夢のもとに、ともに成長していきたいと願います。

鹿児島市、ラグーナ出版社長 川畑善博


夢とつながりのなかでは本でも読めます